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神戸地方裁判所 昭和59年(行ウ)32号 判決 1985年1月28日

兵庫県加古郡稲美町六分一-一一七八

原告

二見幾次

兵庫県加古川市木村字木寺五の二

被告

加古川税務署長

右指定代理人

笠原嘉人

雑賀徹

小巻泰

伊丹聖

高田安三

柴田藤太郎

土屋一範

主文

一  本件各訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対して昭和四八年分所得税額六〇六万七一〇〇円を一万九二五〇円に更正せよ。

2  兵庫県加古郡稲美町六分一字蒲の上一一七八番二四五宅地一六三平方メートルの差押えを解除せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四九年三月一五日被告に対し、原告の昭和四八年分所得につき、総所得金額一四七八万九一五〇円、所得税額六〇六万七一〇〇円とする確定申告書を提出した。

2  原告が右申告をするに至った経緯は次のとおりである。

政平健次は、兵庫県加古郡稲美町六分一字蒲の上一一七八の一四九の土地を、宮本ふみ子は同所一一七八の一四八の土地をそれぞれ所有していたが、林義継が、右両名から昭和四五年七月二日付契約で右各土地を買い受け、分筆手続等を経たのち、その一部を伊東繁ら数名の者に売り渡した。その譲渡所得金額が一四七八万九一五〇円となった。

ところが、原告は、右各土地の売買につき当初から立会人等として関与していたために林義継に代わり便宜上自己の所得として納税申告を行ったにすぎないので、原告が右所得につき納税する理由は何ら存しない。

3  被告は、前記のような事情があるにもかかわらず、原告が右所得税金六〇六万七一〇〇円を滞納しているとして、原告所有の兵庫県加古郡稲美町六分一字蒲の上一一七八番二四五宅地一六三平方メートルを差押えた。

4  他方、原告の昭和四八年分雑所得金額は四〇万円であり、その税額は基礎控除額二〇万七五〇〇円を差し引いた残金一九万二五〇〇円に対し税率一〇パーセントで算出した一万九二五〇円である。

5  よって、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  本案前の答弁

1  請求の趣旨1について

原告は、被告に対し所得税額の減額更正処分をするよう求めているが、行政事件訴訟法上、裁判所は原則として既に行われた特定の行政処分が違法であるかどうかを事後的に審査するものであって、裁判所が行政庁に対して積極的に行政処分を命ずることは、裁判所が自ら訴訟手続により行政庁の専権に属する行政処分をするのと同じ結果になるため三権分立の原則から許されていない。

従って請求の趣旨1の訴えは不適法であり、却下されるべきである。

2  請求の趣旨2について

原告は、被告に対し兵庫県加古郡稲美町字蒲の上一一七八番二四五宅地一六三平方メートルの差押処分の取消しを求めているものと思われるが、国税通則法一一五条一項は、国税に関する法律に基づく処分で不服申立てをすることができるものの取消しを求める訴えについては、異議申立てをすることができる処分にあっては異議申立てについての決定を、審査請求をすることができる処分にあっては審査請求についての裁決をそれぞれ経た後でなければ、提起することができない旨規定している。ところが、原告は、右不動産の差押処分に対して、前記各不服申立てを経ていないから、請求の趣旨2の訴えは不適法であり、却下されるべきである。

三  本案前の答弁に対する反論

本件課税処分に対する異議申立て及び審査請求をしていないことは認めるが、その余の主張は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の趣旨1について

1  原告の請求の趣旨1の訴えは、被告に対し、所得税額の減額更正処分をすることを求める訴えである。

2  ところで、行政庁に対し積極的に特定の行政処分をすることを求める訴えが許されるかについては行政事件訴訟法にはなんらの定めもなく、もし、このような訴えを是認すれば、ある行政行為をする権限を付与された行政庁を一般的に監督是正する権限を裁判所に付与し、ひいては裁判所に行政権の行使を是認したことにもなるので、右のような訴えは三権分立の建前から原則として許されないものと解すべきである。

もっとも、行政庁がある行政処分をすべきことが法律上羈束されていて裁量の余地のないことが明白であり、しかも第一次的判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要でなく、さらに行政庁の行政処分を待っていては多大の損害をこうむるおそれが顕著で事前の救済の必要があるが、他に適当な救済方法がない場合に限り、極めて例外的に行政庁に対し特定の行政処分をすることを求める訴えが許されるものと解するのが相当である。

3  これを本件についてみるに、国税通則法二四条によれば、税務署長は、申告された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったとき、その他当該課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により、申告に係る課税標準等又は税額等を更正する旨規定している。右規定の趣旨、規定の仕方及び更正の対象となっている事項などから考えて、被告が右減額更正処分をすべきことが、法律上羈束されていて裁量の余地がないほど明白でもなく、しかもその第一次的判断権を被告に留保することが重要でないとはいえない。

さらに、原告の本訴請求は、申告によっていったん確定した課税標準、税額等を自己に有利に変更するよう被告に求めるものであるところ、右のような場合、法律は、更正の請求という制度を設けて納税義務者の保護をはかっている(国税通則法二三条)のであるから、他に適当な救済方法がない場合にも該当しない(もっとも、更正の請求は一定の期限までにその請求をしなければならないが、同期限を経過したことをもってただちに他に適当な救済方法がないとはいえない)。なお、原告の右訴えを一定額を越える部分の所得税課税処分の取消しを求める訴訟と解してみても、所得税法及び国税通則法等に定める不服申立前置としての異議申立て、及び審査請求に対する決定、及び裁決を経ていないし、これらを経ないことにつき正当な理由があることを認めるに足る証拠がないから、この点から考えても、右訴えは不適法である。

4  してみると、原告の請求の趣旨1の訴えはいずれの点からみても不適法として却下を免れない。

二  請求の趣旨2について

1  原告の請求の趣旨2の訴えは、必ずしも明確でないが、被告に対し、兵庫県加古郡稲美町字蒲の上一一七八番二四五宅地一六三平方メートルの差押処分の取消しを求める訴えと解される。

2  ところで、国税通則法一一五条一項によれば、国税に関する法律に基づく処分で、不服申立てをすることができるものの取消しを求める訴えは、原則として、異議申立てのできる処分については異議決定を、審査請求のできる処分については審査裁決を、それぞれ経たのちでなければ、出訴できない旨規定している。

3  これを本件についてみるに、被告のした兵庫県加古郡稲美町字蒲の上一一七八番二四五宅地一六三平方メートルの差押処分が、前記「国税に関する法律に基づく処分」に該当することは明らかであるが、原告が右差押処分に対して前記各不服申立てしていないことは原告の自認するところである(なお、右差押処分の存する限り今後右各不服申立てをすることとは、直接の関係がない)。

しかも、原告の右訴えが右差押処分の取消しにつき国税通則法一一五条一項但書各号所定の決定又は裁決を経ることなく直ちに裁判所に出訴できる事由を認めるに足る証拠もない。

4  してみると、原告の請求の趣旨2の訴えも不適法として却下を免れない。

三  結論

よって、原告の本件各訴えはいずれも不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上博巳 裁判官 小林一好 裁判官 横山光雄)

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